地獄の始まり②花火大会の夜

2_地獄の3か月

花火大会の夜

女の名前はわかった。

だが、それだけでは足りない。

慰謝料を請求するには
住所、もしくは勤務先の住所が必要らしい。

どうやって調べるか。

しばらく考えて、思いついた。

GPS。

私は散々迷ったあげく、
ネット通販でGPSを注文した。

本当にこんなことをする日が来るとは
思ってもいなかった。

さらに私は、ボイスレコーダーを買いに出かけた。

種類が多すぎてわからない。
店頭で1時間近く悩み、
できるだけ小型で、長時間録音できるものを選んだ。

とにかく、証拠を集めないといけない。

私は、今日の夜のことを考えていた。

花火大会。

指定席チケットは
1人7,000円、2枚で14,000円。

私は一度も、そんな席で花火を見たことはない。
家族で行ったことすらなかった。

極暑の中、子どもを連れて行く余裕なんてなかった。

それなのに――

女とは行くのか。

浴衣の着付けチケット。

「会社の人と浴衣をそろえて祭りに行く」

そう言っていたことを思い出した。

会社の人と?
浴衣をそろえる?

あの時感じた違和感は、間違っていなかった。

百貨店で、二人で浴衣を買ったのだ。

私は無性に腹が立ってきた。

家事も育児も押し付けて、
自分は女と贅沢三昧。

しかもやけに派手だ。

あの人が、浴衣なんて買うはずがない。
百貨店とも無縁の人間だったのに。

よほど夢中なのだろう。

そんなことを考えているうちに――

夫が「ジム」から帰ってきた。
時計は15時を過ぎていた。

さて、どうするか。

尾行するか。

しかし花火大会は数万人の人出だ。
うまくいくはずがない。

そもそも私はチケットを持っていない。
会場に入ることすらできないだろう。

現場を押さえるのは非現実的だった。

そんなことを考えていると――

2階でバタバタと音がした。

準備をしている。

花火大会へ行く気だ。

私はリビングから声をかけた。

「どこか行くの~?」

「サウナに行ってくる」

サウナ?

私はとっさに言った。

「私も行きたい。久しぶりに行きたい」

沈黙。

「……ほんとに行くの?」

「行くよ。準備するから待ってて」

こうして私は、
夫と一緒にサウナへ行くことになった。

もし一緒に行けば、
どこかで女に連絡を取るかもしれない。

電話をするかもしれない。

ボイスレコーダーが使えるかもしれない。

私はサウナの入口で一度離れ、
ボイスレコーダーを車に置きに戻った。

サウナ、入浴を済ませ18時に待ち合わせ。

夫は明らかに沈んでいた。

当然だ。
楽しみにしていた花火に行けなかったのだから。

私は夕飯を食べて帰ろうと提案した。

しかし夫は
「疲れたから家で食べる」と言った。

スーパーで総菜を買い、帰宅。
時刻は19時過ぎ。

ダイニングに並べると、夫は

缶ビールと総菜を持って言った。

「娘の部屋でテレビ見ながら食うわ」

リビングに大きなテレビがある。

それなのに、
わざわざ娘の部屋へ行く。

そんなこと、今まで一度もなかった。
夫はそもそもテレビをほとんど見ない。

私は違和感を覚えた。

テレビの番組表を見る。

――花火大会、生中継。

夫は娘の部屋で
缶ビールを片手に

しょんぼりと
花火大会の中継を見ていた。

私は――

笑いが込み上げてきた。

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