チャネリングの先生
夫はもともと、家では口数が多い方ではなかった。
それが仕事が激務になってからは、さらに無口になった。
会話らしい会話もほとんどない日が続いていた。
それなのに、急に饒舌になることがあった。
まるで別人のように、止まらなくなる瞬間が。
ある日、夫が言った。
「俺、イタリアに行くから」
は?
イタリア?
なんで?
あまりにも唐突だった。
「チャネリングの先生が言うには、俺、前世でポンペイで死んだんだって」
「火山の大噴火があったところで、火山灰にやられて死んだらしい」
夫は当たり前のことのように話し続ける。
「だから俺、喉と肺が弱いんだって。めちゃくちゃ当たってるだろ」
確かに夫は、昔から扁桃腺が弱く、
ぜんそく気味だったと聞いている。
言われてみれば、当たっているようにも思えた。
「それで、なんでイタリア?」
「え?だって、自分が死んだ場所、見に行きたいじゃん」
「誰と行くの?」
思わず聞いた。
少し間があって、夫は答えた。
「ひとりで」
その言葉を、そのまま信じることはできなかった。
石の先生
そして、また別の日。
夫はこんなことを言い出した。
「石の先生、すごい人なんだよ」
東京にいるパワーストーンの先生らしい。
「顔を見るなり、眠れてないでしょう?って言われた」
「やっぱり分かる人には分かるんだよな」
「東京まで行ったの?」
そう聞くと、夫はあっさり言った。
「いや、写真を見てもらった」
写真?
誰が?
どうやって?
誰が、夫の写真を持って
わざわざ東京まで行ったのか。
その疑問だけが、強く残った。
夫は饒舌に続ける。
「眠れていない人には石の力が効かないから、まずは眠れるようにしないといけないらしい」
そのためのパワーストーンを買ったという。
夫の左手首には、大きな茶色の数珠のようなものがはめられていた。
「それいくら?」
「3万くらい…」
「効果あるの?」
「わからん。でも、効いたら糸が切れてバラバラになるらしい」
そんな話を、真剣にしている。
3万と言っていたが、本当はもっと高かったのではないか。
これにも、あのバーのママが関わっているのか。
疑問は次々と浮かんだ。
夫はいつの間にか、
私の知らない人の言葉を信じ、
私の知らない世界の話をするようになっていた。
その世界の中に、
私の知らない“誰か”がいるのではないか。
そんな感覚だけが、静かに残っていた。
このときの私は、まだ知らなかった。
バラバラだった違和感が、
ひとつにつながる日が来ることを。
次回予告
「点と点が線になるとき」


