夫は観念したように、キャッシュカードを差し出した。
渋々、という言葉がぴったりの手つきだった。
当然だ。
家計口座から高額の出張費が引き落とされているのに、会社からの入金は別口座。
しかもそれが「隠し口座」なんて、まともに通る話じゃない。
それでも私は、2年もの間気づかなかった。
……いや、正確には違う。
気づかなかったんじゃない。気づかないようにしていた。
数か月前、ふと頭をよぎったことがある。
「こんなに出張に行っているのに、交通費はどうなっているんだろう?」
家計口座には入っていない。
それでも私は、それ以上考えるのをやめた。
夫に聞けば済む話なのに、あえて聞かなかった。
波風を立てないことを、無意識に選んだ。
そして、その結果がこれだ。
ありえない言い訳
夫は言った。
「会社から交通費専用の口座を作るように言われた」と。
……そんなこと、あるか?
仮に百歩譲って本当だとしても、
交通費を支払ったカードの引き落としが、なぜ家計口座なのか。
わざわざ家計から支払って、妻の知らない別口座に入れる。
それを「うっかり間違えた」で済ませるには、無理がありすぎる。
それでも一歩前進
それでも、キャッシュカードを手に入れた。
これは大きな成果だった。
正直、ここまで素直に差し出すとは思っていなかった。
いや、素直ではない。追い詰められ渋々差し出しただけだ。
夫は言った。
「500万くらいあるけど、手はつけてない」と。
その言葉を、信じるほど私はバカではない。
通帳を出さない理由。
それはもう、考えるまでもない。
「手をつけている」からだ。
残高照会
私は確認せずにはいられなかった。
ATMの前に立ち、カードを差し込む。
指がわずかに震えていたのを覚えている。
画面に表示された数字。
5,291,331円

一瞬、現実感がなかった。
でも次の瞬間、はっきりと思った。
「――ほ~う、ほんとにあるんだ」
間違いなくその時私はほっとしていた。

