わたしは、女のマンションから、”社長”の会社へ向かった。
地図上では、たった1駅。
でも、わたしにとっては全く知らない土地だった。
グーグルマップを頼りに、炎天下の中を歩き始める。
数分歩いただけで、汗が首筋を伝った。
「タクシーを使おうか」
一瞬そう思ったものの、すぐに打ち消した。
これからは、自分の収入だけで生きていかなければならない。
離婚を決意してから、お金のことばかり考えるようになっていた。
タクシーなんて贅沢だ。
そう思っていたのに、結局わたしは後ろから来たタクシーに手を挙げた。
乗り込んだ瞬間、冷房の風が体に沁みた。
運転手に住所を告げると、目的地まではあっという間だった。
ワンメーター。
「近いところ、すみません」
そう言って支払いを済ませ、車を降りた。
女のマンションとは、たった1駅しか離れていない。
なのに、空気が全く違った。
大通りを一本入ると、静かな住宅街。
セレブ感などどこにもない、ごく普通の街だった。
そして、目的地の住所に辿り着いた瞬間。
わたしは思わず立ち止まった。
これが……建設会社?
正直に言う。
最初に浮かんだのは、「怖い」という感覚だった。
建物は薄暗く、妙に閉鎖的で、人を寄せつけない空気をまとっていた。
まるで、ヤクザの事務所か、ラブホテルのようだった。
わたしが想像していた「建設会社」とは、あまりにも違っていた。
近づいて表札を確認する。
入口は2つ。
表札には、漢字二文字の会社名が3つ並んでいた。
黒いプレートに並ぶその名前は、どれもよく似た、重たい雰囲気だった。
別々の会社というより、同じグループの関連会社のようにも見える。
その並び方が、どこか秘密めいていた。
わたしは言いようのない不気味さを感じた。
わたしは急いでスマホを取り出し、写真を撮った。
この頃のわたしは、証拠になりそうなものを見ると、とにかく記録せずにはいられなかった。
周辺も歩いてみた。
どこにでもある住宅街だ。
でも、その建物だけが妙に異質だった。
夫は、こんな場所に出入りしているのか。
そう思いながら歩いていると、少し離れた場所に夫の車を見つけた。
おそらく、「建設会社」の駐車場なのだろう。
それも写真に収めた。
いったい、どこに住んでいるのか。
もしかして、この建物の中なのか。
あの異様な空気の建物の一室に、夫は暮らしているのだろうか。
頭の中に、夫が口にしていた「除霊」という言葉が浮かんだ。
この場所で、夫は”除霊”の儀式をしてもらったのだろうか。
そう考えると、背筋が冷たくなった。
結局その日、夫が実際に住んでいる場所までは突き止められなかった。
でも、ひとつだけ確信したことがある。
夫が関わっているのは、普通の「社長」ではない。
わたしは来た道を引き返しながら、静かにそう思っていた。
次回へ続く。
「不倫相手とスピリチュアルにはまった夫が、わたしに見せた別の顔」

