「来週までに、財産分与のエクセル、あなたの分を埋めといてくれ」
そう言い残して、夫は帰っていった。
——また来週、来るのか。
まだ1回目だというのに、わたしは精も根も尽き果てていた。
ぼんやりと、さっきまでのやり取りを思い返す。
話は、わたしが思い描いていたようには、まったく進まなかった。
財産分与が、原則「2分の1」だということは、わたしも分かっていた。
でも、その割合は、ふたりが合意すれば、自由に変えられるものでもある。
だからわたしは、こう求めた。
「あなたは有責なんだから、そこは譲歩してよ。こちらには子どももだっているのだから、半分も持っていくなんて、おかしいでしょう」
けれど夫は、あくまで「権利は2分の1だ」と言って、譲らなかった。
挙句の果てに、こう言い放った。
「不倫なんかしてませ〜ん。何も悪いことはしてませ〜ん。あくまで性格の不一致で〜す」
バカにしきった、その口調。
わたしもブチ切れて、お互いに声を荒げて罵り合った。
——性格の不一致。
たしかに、それも一因ではある。
でも、23年間、家族としてやってきたのだ。
離婚の最大の原因が、あの映画の半券から発覚した夫の不貞であることは、間違いない。
それなのに、夫は決して不貞を認めない。
なぜか。
夫は、チャネリングの先生に「(不貞は)バレないほうがいい」と助言されていたからだ。
相談メモに、夫の字で、きっちりそう書いてあった。
だから夫は、かたくなに認めないのだ。
証拠を、今は出せない
思わず、そのメモを——証拠を並べて、追及してやろうかと思った。
でも、何とか思いとどまった。
大事な証拠を、今、出してしまったら。
夫は「どうやってそれを手に入れた」と、逆にわたしを責め立ててくるだろう。
「カバンを勝手に見ただろう、プライバシーの侵害だ」と、論点をすり替えてくるに違いない。
証拠は、最後まで切り札として持ち続けなければならない。
そう、自分に言い聞かせた。
お金に執着する夫
それにしても——。
夫の豹変ぶりに、わたしは愕然としていた。
夫は今まで、お金に細かいことを言う人ではなかった。
家計の管理も、すべてわたしに任せてくれていた。
子どもたちへの愛情だってある。子どもを不幸にしたいなんて、思っていないはずだ。
それなのに。
夫は自分の権利ばかりを主張し、わたしと子どもたちから、家とお金を奪おうとしてきた。
しかも——。
子どもが生まれたときから、夫婦それぞれが契約者になって払い続けてきた「学資保険」。
その満期金まで、「共有財産だから2分の1だ」と言い出したのだ。
さすがに、我慢ならなかった。
「いや、違うでしょう。学資保険は、子どもたちが大学や留学に行くためのお金。子どもたちのものだよ。2分の1にするなんて、絶対におかしい!! それはこっちに渡してよ!!」
声を荒げて、わたしは訴えた。
子どもを捨てて出て行った夫が、子どものためのお金まで、なぜ半分持っていくのか。
到底、納得できなかった。
——目の前にいるこの人は、本当にわたしの夫なのか。
23年間、苦労を共にしてきた伴侶なのか。
なぜ、こんなにもお金に執着するのか。
……これが、洗脳というものなのか。
あの女や、”社長”が、裏で糸を引いているのか。
考えはいつも、そこに行き着くのだった。
渡されたエクセルシートを前に
夫が自作したエクセルシートを眺めて、わたしは暗澹たる気持ちになった。
わたしの退職金——いったい、いくらもらえるのか。
わたしの貯金は、いくらあったっけ。
来週までに、これを全部埋めるの……正直、厳しい。
いや、それより。
そもそも、夫が入力した項目や数字は、正しく、漏れなく書かれているのか。
その検証から、始めないといけない。
きっと、書かれていない財産もあるはずだ。
夫には、もう不信感しかなかった。
「有責なんだから、夫が譲って当然」。
そう信じて、わたしは戦っていた。
でも——このあと弁護士に相談して、思いもよらない現実を知ることになる。
▶財産分与の法律的な現実は、こちらにまとめました
「熟年離婚の財産分与、有責でも2分の1?学資保険・退職金・生命保険はどうなる?」
次回
エクセルシートの検証から始まった、財産分与の闘い。
夫が「書かなかった財産」に、わたしはやがて気づくことになる。

